町田市議会議員 会派「自由民主党」/(一社)落語協会 真打 三遊亭らん丈【公式ウェブサイト】

三遊亭 らん丈

落語歳時記10 「冬は燗」らん丈の、落語歳時記

2001.01.01(月)

 今月は古来「如月」と呼ばれています。つまり、一年で最も寒い時季なので着物を更に重ね着る意から、「きさらぎ」と呼ぶのかと思っていましたが、さにあらず草木が更生する「生更ぎ」がその本意だそうです。なるほど、辞書と芸者さんは引いてみるものです。

 草木は更生する時季でも人間は格好の燃料がなければ、この寒さです、なかなか更生できません。そこで呑める人は自ずと酒で心身を暖めたくなってしまうのです。暖めるのですから酒は燗でなくっちゃね。世界広しといえども、酒を温めて飲むのは日本人ぐらいだそうでして、紹興酒も中国の方は温めないで飲む、と聞いたことがあります。

 われわれ落語家にとって、打ち上げでの酒は欠かせません。教師の白墨、サラリーマンのネクタイみたいなもので必要欠くべからざるものです。なかにはうわばみが尻尾を巻いて逃げ出すような豪の者もわれらの仲間には事欠きません。ところで近頃の居酒屋では、大吟醸だかなんだか知りませんが、大仰な名前の酒を、冷やで呑むと美味しいですよと勧めるのです。素直に従い冷やで呑むと確かに美味い。美味いので、つい杯を重ねてしまう。すると、あぁら不思議、気が付くと此処は何処?私は誰?となっているのです。酔っていても意識があるうちはブレーキも踏めますが、意識がなくなれば踏むべきブレーキは存在しなくなり、アクセル全開となってしまうのですから、怖いったらありゃしない。尤も、完全に酔ってしまえば正常な判断力はとうの昔に消失されているので、恐怖感も感じませんが。

 そのため北海道あたりの寒冷地では冬の夜酔って、道端に寝込みそのまま天国へ召される方がいらっしゃいますが、酒飲みにとってはある種最も羨ましい幕の引き方です。ご当人にとっては、それこそ覚醒したとき此処は何処?私は誰?と問い掛けるべき自分が果たしているのか、はなはだこころもと心許なくはありますが。記憶のブラックアウトといって、まるで覚えていない時間を過ごし、翌朝目覚めたときのバツの悪さと言ったらありません。

 先夜はひどかった。池袋で飲んでいて、もはや途中から完全に意識が無くなり、気が付くと恵比寿駅で脱糞していました(念のために言うともちろんトイレでですよ)。時刻は午前1時。もう帰る電車はありません。そこで、はたと気付いたのでした。「おれは今日バッグと紙袋を持っていたのに今ここにあるのは、どうでも好いものしか入っていない紙袋だけじゃないか。預金通帳と印鑑、カード各種と現金が入った財布、手帳、玄関の鍵、眼鏡、本、ノート、折り畳み傘、ペンケース、輪ゴム、クリップ、こんなものはどうでも好いのだけれど、これら諸々のものが入った鞄はどうした?とにかく鍵が無ければ家にも入れない。最悪の場合、手帳から住所を割り出した犯人が先回りして鍵で錠を開け、易々と侵入したのにも拘わらず、金目の物が全くないのに腹を立て火を放ち、何とか我が家に辿り着いたときにはきれいサッパリ我が家は焼失していたという最悪のシナリオが出来てしまうのです。尤も、当人はまだ酔っ払っておりますから、腰に差していたため難を逃れた携帯で家人に連絡をして、「これから家に帰るから車代を払うように」と指示後、拾った車のなかでまた、白河夜船。翌朝、素面になって初めて事の重大さに気が付いても既に手遅れ。もう一生酒は呑むまいと誓いを立てましたが、すぐに破るのは自覚しています。さぁ、この鞄の運命や如何に。以下次号。

『らん丈の寄席案内』2月26日池袋演芸場午後6時半開演。問合せ:落語協会TEL03-3833-8563