町田市議会議員 会派「自由民主党」/(一社)落語協会 真打 三遊亭らん丈【公式ウェブサイト】

三遊亭 らん丈

落語歳時記11 「冬は燗」その2らん丈の、落語歳時記

2001.02.01(木)

 前号に引き続きまして、冷酒を飲んで正体もなく酔いつぶれ、気づいたときには恵比寿駅のトイレで、玄関の鍵と各種カード、現金が入った財布、預金通帳とその印鑑、メガネと2001年の手帳、住所録、命から2番目に大事なノート、その他もろもろの物が入ったカバンを失くした話の続きです。

 その日、ぼくはそのカバンともう一つ、紙袋を持っていたのです。その中には、刷り上がったばかりの年賀状と古本屋さんでも引き取ってくれなかった本が入っていました。言わば究極の駄本です。

つまり、年賀状を失くせば確かに困るものの、刷り直せばいいだけで、あとは駄本が入っただけの紙袋なぞ失くなっても一向に困らないのに、不思議なことにカバンは失くなり、紙袋は後生大事に抱え込んでいたのです。全く酔っ払いというものは、通常の判断では理解できないことをやらかします。

 酔っ払っていながらも、恵比寿駅の遺失物係りに飛び込み届出は済ませたらしい。らしいというのは、遺失物届出の書類はあるものの、届け出た記憶がないのです。そう、この段階ではまだ酔っていたのです。

 その晩はカミさんに怒られながらも、兎に角寝ました。さて、翌朝。さすがにもう酔ってはいません。事ここに至り事態の深刻さに漸く気づいたのです。なにしろ鍵を失くしたので、先ず合鍵を作りに行きました。それから銀行に連絡して、預金を下ろせないように頼みましたし、クレジットカード会社への連絡も済ませました。それより何より大事なのはノートでして、そこにはここ1年の知的作業の全てが凝縮されているのです。その上、手帳には自分の住所が記されているので、鍵を手に入れた犯人は難なく我が家に侵入できるのです。「ワーッ、コレハタイヘンダゾ。マゴマゴシテルト今この時にも犯人は侵入してくるかもしれないではないか」けれど、仕事へは行かなくてはいけないし、まさか仕事先に「鍵を拾った人が家に侵入するかもしれないので、今日は家を空けるわけにはいきません」とは言えませんし。しょうがない。世間の全ての人が盗人なわけはなし、運を天に任せて、カミさんは既に外出しておりますので、泥棒にとっては好都合ですが、ぼくも仕事場へ向かいました。もちろん、その日の仕事に身が入るわけはありません。文字通りこなしただけの仕事を終え、家人が帰っていない家に入るときも、もしや泥棒が隠れているんじゃないかとおっかなびっくりです。どうやら家へ入り込み、荒らされていない室内を見て安堵したものの、これじゃどっちが泥棒か分からないと思ったものです。翌日、上野駅から「貴方が落としたものらしいカバンが届いているので、取りに来てほしい」と、携帯に電話が入り、やっとほっと一安心。やれ嬉しやと、上野駅へと向かいました。拾得係りへ行き、事の顛末を伺うと、カバンは京浜東北線大宮駅で発見されたとのこと。ちなみにぼくが乗ったのは池袋駅で、通常は山の手線で秋葉原まで行き、そこで総武線に乗り換えて錦糸町駅に帰るのですが、先述のように気づいたのは恵比寿です。一体この酔っ払いはどこをどう乗っていたのだ。

 もっとも講談協会会長の小金井芦州先生は、若いとき本牧亭での高座を勤めた後、酒をしたたかに呑み、御徒町駅で電車に乗り込んだところ眠り込んでしまい、ふと窓外に目をやると、雪がちらついている。確かに寒いもののその積もり方が尋常ではないので、隣席の方に尋ねるとそこは秋田だったという武勇伝がありますが、げに恐ろしきは酔っ払いです。