それは十一月下席、浅草演芸ホールでの出来事でした。
寄席関係者以外はご存じないでしょうから、知っておいていただきたいのが、寄席の代演の仕組みです。落語協会の場合原則として、代演=出番変更は事務局にて対処します。つまり、寄席の出番を頂いても仕事が既に入っていて行けない日があれば、それを出演者は事務局に伝え、代演は事務局で立てるのです。
その日いわゆるクイツキ、仲入り後の出番を終えてぼくは楽屋に残っていました。
高座の袖では、お後に来るはずのある師匠がいらっしゃっていないまま、漫才さんが高座に上がろうとしていました。寄席はいったん開演すると、当日楽屋入りした前座のうち最も年季を重ねた立前座が差配をします。そこで、その立て(前座、以下略)は、「お後の師匠がいらっしゃっていないので、お見えになりましたら扉を開けて合図しますので、済みませんがそれまで繋いでください」とお願いをしています。
後に上がる芸人がいない、後なしになることは、寄席ではさほど珍しいことではありませんが、たいていの場合、繋いでいるうちに後の芸人が入ってくるのです。ところが困ったことに、後の芸人は楽屋にいることはいるものの、ひとりはヒザを勤める色物さんですし、噺家はトリを勤める師匠がいるきりです。
寄席では、咄が続くのは当たり前ですが、色物さんが続くのは御法度とされています。また、トリをとる師匠がその前に上がることも、当然ありえないことです。ぼくが楽屋に残っていても、まさか直前に出た芸人が二度上がりすることも体裁上、許されることではありません。
ですから、本来の出番である師匠が楽屋に来てくれなくては困るのですが、お宅に問い合わせると、事務局に休みの届けを出している、ということでした。となると、事務局の手違いで代演を入れ忘れてしまったのです。
さあ困りました。と、そこへひょっこりと入ってきたのがある二ツ目の噺家です。出番はなかったのですが、本来の出番の師匠に稽古をつけてもらおうと頼みにやってきたのでした。
慌てて立てが、「兄さん、お後をお願いします」とお願いするも、その二ツ目は着物を持って来ていません。仕方なく前座の着物を借りて、着替え始めました。と、まだ足袋を履き終える前に、繋いでいた漫才さんは、芸人の気配を感じて降りてきてしまいました。
上がりの出囃子で繋いでもらって、その間に、足袋をかろうじて履き終え、ネタ帖にチラッと眼をやると、その二ツ目は高座へと上がっていきました。
このように、寄席はまさになにが起こるかわからないワンダーランドです。ハプニングがお好きな方は是非一度、お越しください。