ぼくは昨年の十一月から、生まれ育った町田市森野にほど近い町田駅頭にてビラ配りを始めました。尤も、正しくは町田駅に近い、森野と書かなくてはならないのでしょうが。
日によって違いはありますが、配る時間はだいたい朝の六時頃から七時半、調子が好ければ八時までといったところです。場所は小田急町田駅からバスセンター上をまたぎ、西友町田店に至る歩道橋上です。
バスセンター上にいるのですから、当然朝のラッシュ時の大量に吐き出されるバスの排気にさらされ、それ以上いると排気ガスのために涙が出てきてしまうので、それ以上ビラ配りをするわけにはいきません。涙を流しながらビラ配りをしていては、悲壮感が強すぎてどなたもビラを受け取っては下さらないでしょうから。
どうして、落語家がビラ配りを始めたのかは、この会報をごらん頂いている方はご存知のように、去る二月に行われた町田市議会議員選挙にらん丈が立候補したからです。そのために、地盤、看板、カバンの三無い候補者としては、最も有効な告知手段だと思い、少しでもらん丈のことを、町田市の方々に知っていただきたく、駅頭でのビラ配りを始めたのでした。
二千票以上もの御支援をいただきながら、町田市議会議員選挙には落選してしまいましたが、ビラ配りを通じて初めて知り合った方方には、励ましのお言葉の数々をいただき、あるいは笑顔でビラを受け取っていただき、それがどれだけ励みになったか知れません。
ビラ配りは落選後も選挙に関わりなく今でも、続けています。七月は出来なかったので、八月二十八日にいつもの場所でビラ配りを始めようとしたところ、そこには初めて見る先客がいました。いわゆるホームレスの方々が寝ているのです。四人いらっしゃったでしょうか。
そこは公共空間ですから、先に来ている方に優先権があるので、その場所を避け、いつもとは違う場所でビラ配りを始めたのです。
たしかにいまの日本は、あまりに深刻な不況が長く続いたために、都市では至るところにホームレスの方々がいるのは、当然知ってはいました。いやでも目に付きますから。
その方々が、自分の今までいたところにいるのを見ると、不況を改めて、身を以って実感することになったのです。
バブル経済が弾けて以降の平成不況と呼ばれる、この閉塞感を打破するために、我々は当然、自分が携わる仕事を実直に勤めなければならないのは、ごく当然のこととして、果たして、自らに課せられた仕事のみを勤めていれば、それでこの不況は克服されるのでしょうか。どうもそれだけでは、この不況を長続きさせる手伝いをすることになりかねません。
経済学では「市場の失敗」という概念があります。念のために申し添えますが、「いちば」の失敗ではありません、「しじょう」の失敗です。つまり、資源配分メカニズムとしての市場機能の持つ欠陥をいいます。市場は決して万能ではないのです。
では、市場が失敗したときにはどうするか。そのときは政府による公的な介入が正当化されます。
政府は、国民全体の経済厚生(=経済的満足度)を最大にするように行動しています。あるいは、行動すべきであり、そのための指針として経済分析が有効であるというのが、経済政策を議論する際の基本的な立場で、これをケインズがそこで育った地名を冠し、ハーベイ・ロードの立場と言います。
たしかに、キャリアと呼ばれる国家公務員採用?種試験の難関を見事に突破した精鋭によって組織された霞ヶ関中央政府の役人が計画立案した政策がうまく機能している間は、それでなんら不都合は生じなかったのでした。
ところが、近年のみに期間を限定しても厚生省(当時)のエイズ薬害問題、大蔵省(当時)の過剰接待問題、防衛庁の水増し請求問題など、業界の利益を優先することで、国民全体の経済厚生が損なわれるような政策決定や不祥事が次々と明るみに出て来てしまったのです。これは明らかに「政府の失敗」です。
こうなると、先ほど示したハーベイ・ロードの立場が揺らいできます。すなわち、政府は、現実には、公共のためにその社会の経済厚生を最大にするという理想主義的なものではなく、利害の異なる各経済主体の対立を反映して、政府を構成する政党・政治家・官僚などのそれぞれ異なった利益集団の妥協の産物であるという考え方が、ごく自然に出てきます。このような政府では、国民の負託にはとうてい応えられません。
この平成不況も、そんな政府しか我々は持っていないから続いているのではないでしょうか。
いくら政府が失敗しても、我々は失敗した官僚を更迭することは出来ません。けれど、政治家や政党には、選挙でいかようにも我々はその意思を示すことが出来るのです。その結果、政権を担う与党を野に下ろし、政治家から議席を難なく剥奪することが出来るのです。
ビラを駅頭で配っていて痛切に思うのは、それを受け取ってくださる方の少なさです。
たしかにぼくのビラなぞ、読むに値いしないつまらないもので、手にするのも憚られるのかも知れません。
ならば、他の方のビラは手にしていただきたい。この際、ぼく個人のことはどうでも構いません。
政府に課せられた最大の使命は、不況の克服です。それができない政府には退出していただかなくてはなりません。その意思表示をするためにも、是非とも選挙では投票をしていただきたいのです。
投票しなければ、なにも始まらないのですから。