新年度が始まり、皆々様それぞれの思いを抱いて、春を迎えていらっしゃることでしょう。
特に、新入生、新入社員、新入職員の方々にとっては、新天地に飛び込んだわけですから、喜びとともに不安や、あるいは早くも不満を覚えている方も、少なからずいらっしゃることと、恐縮ですが自らの体験から、そう察することができるのです。
中でも、大学に入学された方にとっては、第1志望とした大学の学部に首尾よく入学できた方は、そうでなかった方よりも遥かに少ないのが、厳しい現実です。
大学の新入生が日本中あわせるといったいどれほどの人数になるかは分かりませんが、その中で、「社会科学の女王」と言われていた頃の栄光は、もはや昔日の感となってしまった経済学を、それでも少なからざる割合の新入生が専攻し、学び始めたころでしょう。
つまり、経済学部や商学部、経営学部、政治経済学部等名称はまちまちですが、経済学を学修する学生にとっては、これも大学によって科目名が異なってはいますが、単刀直入に経済学、または経済原論、あるいは大学によっては経済学原論、または経済学概説、経済学入門といった講義名にしているところもありますが、いずれにしろ経済学の基礎を必修科目として、履修しなければいけません。好きも嫌いもありません。
第1回の講義で先生が推薦した、マンキューやスティグリッツ、ブランシャール、倉澤資成、中谷巌、伊藤元重、西村和雄といった経済学者の手になる、近代経済学の入門書を書店でじかに手に取り、ページを開いて「こりゃ、経済学というのは面白そうだわい」と思った新入生は、果たして、どれほどいらっしゃるのかしら。少なくともぼくの場合、途方に暮れましたね。「なんだ、数式とグラフばかりじゃないか」と。
日本の大学入試制度では、私立の場合受験科目は3科目が普通です。外国語は文系も理系も課せられますが、あと2科目は国語と、もう1科目は数学が嫌いだからという理由から、数学が選択科目にあるのにもかかわらず、日本史や世界史を選択する学生が圧倒的に多いという現実があります。つまり、奇妙なことに数学を援用する経済学を学ぶ少なくない学生が、ぼくのように数学嫌いなのです。そこに持ってきての、数式とグラフです。しかも、必修科目ですから、選択の余地はありません。単位を修得しない限り卒業できないのです。早くも、漂ってきた暗雲に包まれてしまった学生が結構いるのではないでしょうか。他ならぬぼくが41歳にして経済学部3年次に編入学したとき、そうなったのでした。
そんなぼくでも何とか経済学部を卒業できたのですから、皆さん、ご安心ください。他国は知りませんが日本の場合、大学に入学するほどの学力があれば、卒業は出来るようになっていますので。
前置きがずいぶんと長くなってしまいましたが、本書の著者、野口旭教授は、専修大学経済学部で国際経済論を担当し、評論活動では的外れの論を展開するエコノミストに対し、当たるを幸いばっさばっさと斬るつけることでも勇名を馳せています。その先生の手になる新書ですから、さぞや面白かろうと、手に取ったのですが、見事に期待は裏切られました。
ただ、野口先生のために一言申し添えれば、本書はあくまでも書名にあるとおり、「ゼロからわかる」ように書かれているために、曲がりなりにも経済学部を卒業したものにとっては、「そんなこと知ってる」ことばかり書かれているために、面白くなかったのでした。
ですから本書を、経済学を文字通り「ゼロから」学ぶ4月の大学1年生に、ぼくはお奨めしたいのです。つまり、これから1年間かけて学ぶ経済学の「基本中の基本」が本書に記されているために、本書を羅針盤代わりにこれからの1年間学習すれば好いのです。そうすれば、学年末試験では難なく合格点を取ることが出来るでしょう。
本書は、いま述べたとおり入門書として書かれたものですから、著者の私見はほとんど入っていません。下記に掲げる唯一の例外を除いては。その例外とは、2度にわたって本書で触れていることからも容易に推察できますが、どうしても著者が言いたかったことなのでしょう。
それは、ここ10年以上にわたって続く日本における不況の原因は、構造改革重視論者が説くように、生産能力、つまりサプライサイドに問題があるためのもので、総需要不足によるものではないという意見に真っ向から反対し、不況の間、失業率が一貫して上昇し、物価が下落し続けた事実からも、構造それ自体に問題があるのではなく、基本的に総需要の不足によるものであると、野口教授は断じています。
そう、ここにこそ今日における経済学の問題が現出しているのではないでしょうか。
つまり、前世紀前半において経済学に一大跳躍をもたらした、ケインズ革命が、1970年代のフリードマン革命以後、マネタリストや合理的期待形成学派、サプライサイドエコノミクス、公共選択学派等によって、その経済政策に有効性を見出せなくなってしまったために、百家争鳴の状態へと経済学は陥ってしまったのでした。
つまり、それぞれのエコノミストが勝手に自説を開陳するのみで、一向に日本の経済は回復しないのです。実際のところ、ためにする論争ばかりではありませんか。
それに輪をかけてだらしのないのが、政治でして、経済学者の間を、あっちこっち右往左往するのみで、その経済政策はまるで節操がなく、その挙句、国と地方公共団体の負債があわせて700兆円に達しようというのにもかかわらず、景気が回復する曙光すらいまだ見出すことができていません。
ですから、政治家に言いたいのです。せめて、本書に書かれているくらいのことは知っておかなければ、実のある経済論争にも加われないと。今日の政治家のうち、どれほどの方々が最低限の経済学を修めているといえるのでしょうか。はなはだ、心許ない現状ではないでしょうか。
尤も、その政治家を選んだのは他ならぬ、我々有権者なのですが。