【箇所】早稲田大学大学院 社会科学研究科/公共経営研究科合併科目
【社会科学研究科科目】行政組織論Ⅱ
【公共経営研究科(⇒公共経営大学院)科目】行政改革論
【開講学期】2007年度 後期[2単位]
【担当】辻 隆夫 教授〈早稲田大学 社会科学総合学術院〉
【期末リポート題目】『公務員の分限処分について』
1 はじめに
公務員は、公共団体と雇用関係を結んだうえは、免職等の分限処分を受けない限り、退職時までその身分保障は継続されるために、雇用保険に加入する合理的な理由がそこに見出せない。したがって通常の公務員は、雇用保険に加入していない。
それは、筆者が住む町田市職員を例にとれば、2006年4月1日現在、再任用短時間職員*1のうち65人が雇用保険に加入しているのみであり、3千名近くいる正規職員のうち雇用保険に加入している職員は皆無であるというデータによっても、証明することができる。
つぎに、免職された職員をみてみよう。国家公務員一般職公務員は、その総数約65万人を数えるが、そのうち、2004年度において免職された公務員は、わずか35人を数えるのみであった。その免職者も多くは行方不明者だったため、「勤務実績」を問われた者はほとんどいない、というのが実状である。
町田市において、地方公務員法第28条の規定による免職者を、1997〜2006年度の10年間にわたって調査したところ、該当者は皆無であった。同じ1997〜2006年度の10年間にわたって地方公務員法第29条の規定による免職者を調べたところ、2005年度に1名の懲戒免職者がいた。理由は、電車内でのわいせつ行為で逮捕され、強制わいせつの罪で起訴されたためであった。
では、それ以外の職員はすべて、勤務実績が良いのであろうか。
ジェームズ・アベグレン(経営学)は、『日本の経営』(The Japanese Factory、1958年,占部都美監訳)において、年功賃金、企業別組合、終身(長期)雇用が、日本の雇用制度における際立った特長であるとして、これらを「3種の神器」であると指摘した。しかし、執筆時から半世紀を経た今日の日本では、「3種の神器」はもはや形骸化し、当時の機能を保有していないというのが、経営学における共通した認識とされている。
現在の日本経済で隠れた最大の課題は、労働市場の改革であると、小林慶一郎は指摘していた[1]が、小林が指摘する格差問題の本質は、正社員と非正社員の待遇差があまりに不公平だ、という非正社員側の不満にある。これは、正社員が既得権化して、非正社員が搾取されるという労働者間不平等の問題である。
小稿においては、労働者間不平等の解消に資する方策のひとつに、国家公務員法第78条1、地方公務員法第28条1にある、「勤務実績がよ(良)くない」場合には、この条項を適用させることによって、公務員を免職させることではないかと考え、稿を起こす。つまり、“勤務実績が良くない場合”によって免職された職員は皆無であるが、ならば職員の勤務実績は、はたして全員良いのであろうか、という疑問からの出発である。
2 日本の公務員法制の特色
1)日本国憲法が確認した国民主権下の公務員は、国民の公務員であり、かつ、国民から行政権の行使について信託・委託を受けた公務員であり、国民全体に奉仕する公僕*2である。(日本国憲法〔以下、憲法〕15条1項・2項)。
この憲法15条の基本的な考え方は、(1)公務員がかつての「天皇の官吏」から「国民(全体)の奉仕者」へと転換したこと、(2)政党政治下の公務員であるものの、特定の政党への奉仕を排除すること、の2点を意味する。
2)これに対し、かつての大日本帝国憲法下の官吏制度は、江戸時代からの前近代的な家長制的家産制を受け継ぎながら確立したものである。
すなわち、初期の明治政府は、国内外の政治状況から天皇制を中心とする富国強兵政策を実現する必要に迫られ、強固な官僚機構を確立させる必要があった。しかも、この機構の根底には江戸時代からの封建的主従関係が強く支配し、さらに藩閥政治が行なわれ、国家の官職が藩閥の自由に処分できる私物のように取り扱われていた。
しかし、上のような実態をもっていた明治政府初期の官吏制度は、明治22年(1889年)の大日本帝国憲法〔以下、明治憲法〕の発布と共に法制度として一応体系化された。
3)この明治憲法下の官吏制度の特色は、(1)官吏はすべて天皇の任命大権(明治憲法10条)に基づいて任命される天皇の官吏であったこと(官吏服務規律)、(2)個々の官吏が昇進する場合にも身分的な地位そのものが目的とされたこと、(3)したがって、明治憲法下の官吏制度は純粋な契約関係ではなく、封建制度における君臣主従の関係に類していたといえること、(4)官吏と国民との関係については、官吏は政治上、法律上の責任を負う必要はなく、特権的な地位に立って、天皇の名において、国民を支配する立場にあったこと、などの点である。
4)上のような性格を有していた明治憲法下の官吏制度は、第二次世界大戦の敗戦、連合軍の占領、憲法改正など、わが国の国家制度の重大な変革によりその基盤が覆され、「天皇のための官吏」から「国民のための公務員」に変わったのである。
しかし、このような法理念と法制度の根本的な転換により法制度の外形は国民主権主義に基づく公務員法制に変化したにも拘らず、それを運用する公務員は従来の官吏が引き続きその任にあったために、官僚制の体質が依然として残存していたのである。[2]
3 公務員の分限・懲戒について
公務員の勤務関係の性質が、行政契約による関係か、あるいは労働契約関係かという議論は措き、公務員は、「全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない」(国家公務員法〔以下、国公〕96条、地方公務員法〔以下、地公〕30条)。
これは、公務員に課せられた最も基本的で重要な義務である。
具体的には、職務専念義務(国公101条、地公35条)、法令および上司の命令に従う義務(国公98条1項、地公32条)、秘密を守る義務(国公100条1項、地公34条1項)、信用と名誉を保つ義務(国公99条、地公33条)などであるが、ほかに、職務の公正、円滑な執行を妨げるという見地から、労働法上の権利の制限、政治的権利の制限、営利企業との関係の規制、非営利企業との関係の規制などがなされている。
これらの義務を遂行できない状態、あるいは義務違反がある場合に問題となるのが、分限・懲戒である。
この公務員に対する分限処分や懲戒処分が、現行公務員法上、行政処分としての典型的な裁量処分であることについては、異論のないところである。[3]
ところで、公務員にはその職務の遂行に全力を挙げて専念することができるよう、身分保障がなされている。
したがって、法の定める場合を除いて、その意に反して公務員としての地位を失ったり、公務員としての各種の権利を制限され、あるいは奪われることはない。
そして、すべて職員の分限、懲戒については公正でなければならない(国公74条、地公27条)のが原則であり、職員の分限上の取り扱いに関する人事院規則においても「(国家公務員)法第二七条に定める平等取扱の原則、法第七四条に定める分限の根本基準及び、法第百八条の七の規定に違反して職員を免職し、又は降任し、その他職員に対して不利益な処分をしてはならない」(人規11−4第2条)としているのである。[4]
この分限も懲戒も共に、国または公共団体と公務員とからなる限定された部分社会における内部規律権の行使として行われるものである。その意味では、一般権力関係における法原理がそのまま妥当するとはいえない側面があることは否定できない。
そこには部分社会の存立目的、すなわち公務員の職務の遂行という目的からみて合理的範囲での特殊な取扱いの可能性が予想されるからである。
また同時に、私法上の契約あるいは労働契約関係におけるのと同様の側面もみられる。
4 分限の意義と性格
分限とは、律令時代には公田、私田等の財産を遺産として分配を受ける地位あるいは限度を意味していた。[5]
封建時代においては知行高から転じて身分的制約の意味に用いられ、明治32年に公布された文官分限令における分限の意味は、その人の資格に応じた公法上の地位、ないしはその人の身分によって受けられる法律上の利益の限度を意味していると考えられていた。
現行公務員制度上の分限は、身分保障を前提とする公務員の身分関係の変動を意味する。
国家公務員法は「職員は、法律又は人事院規則に定める事由でなければ、その意に反して降任され、休職され又は免職されることはない」(75条1項)と定め、公務員の身分を保障し、職員が欠格条項(38条)に該当するに至ったとき、人事院規則に定める場合を除いて当然失職する(76条)ほかは、法律または人事院規則に定める事由による場合に限り、その意に反する身分関係の変動があることを認めている。
上記にある降任とは、現に就いている官職と同一の職種に属する下の等級の官職に任命すること、休職*3とは、公務員たる身分を留保し、一時的にその職務の担当を免ずること、免職*4とは、公務員関係を解除し、公務員としての身分を失わせるものをいう。
職員がその意に反して降任および免職されるのは、
1)勤務実績がよくない場合
2)心身の故障のため職務の遂行に支障があり、またはこれに堪えない場合
3)その他その官職に必要な適格性を欠く場合
4)管制若しくは定員の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合
に限られる(78条・33条の3項)。
勤務実績がよくない場合とは、勤務評定の結果または勤務実績を判断するに足ると認められる事実に基づき、勤務実績の不良なことが明らかな場合(人規11−4第7条1項)であるが、その程度に応じた分限処分がなされるべきであり、とくに免職処分をする場合については、他の官職への配置換えや降任処分によっては目的を達せられない場合に限って認められると解すべきであろう。心身の故障のため職務の遂行に支障があり、またはこれに堪えない場合とは、任命権者が指定する医師2名によって、長期の療養もしくは休養を要する疾患、または療養もしくは休養によっても治癒し難い心身の故障があると判断され、その疾患または故障のため職務の遂行に支障があり、またはこれに堪えないことが明らかな場合(人規11−4第7条2項)であるが、免職処分については、療養もしくは休養によっても治癒し難いこと、職務の遂行が不可能であることを不可欠の要件と考えるべきであり、それに至らない場合は、休職・降任を考慮すべきであろう。
その他その官職に必要は適格性を欠く場合とは、職員の適格性を判断するに足ると認められる事実に基づき、その官職に必要な適格性を欠くことが明らかな場合(人規11−4第7条3項)である。
最高裁昭和48年9月14日判決(民集27巻8号p.925、『行政判例百選「第5版」1』pp.156〜7)によれば、当該職員の簡単に矯正することのできない持続性を有する素質、能力、性格等に基因してその職務の円滑な遂行に支障があり、または支障を生ずる高度の蓋然性が認められる場合を指し、適格性の有無は、当該職員の外部にあらわれた行動、態度に徴して判断されることになる。
管制もしくは定員の改廃または予算の減少により廃職または過員を生じた場合で問題となるのは、いずれの職員を免職にするかという点である。この場合は、勤務成績・勤務年数・その他の事実に基づき公正に判断して任命権者が定めるものとされる(人規11−4第7条4項)。
しかし、これまでの行政整理の際には、一定期間職務義務を免除し、その期間満了の際に予め提出された辞職願に基づいて依願退職を行なうという特命制度による方法が多くとられていることからも明らかなように、公務員の意に反する分限免職処分は少なくとも平常時においては採るべきではない、極めて例外的な制度として理解すべきものと思われる。(村井・後掲書p.218)
5 不服申立て
なお、その意に反し降給、降任、休職、免職されたり、その他著しく不利益な処分または懲戒処分をうけた職員は、国家公務員であれば、国公90条により人事院に対して、行政不服審査法による不服申立て(審査請求又は異議申立て)をすることができる。
地方公務員であれば、懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分を行なわれた場合には、地公49条の2により、人事委員会又は公平委員会に対してのみ行政不服審査法による不服申立て(審査請求又は異議申立て)をすることができる。
6 労働基本権を制限している公務員関係諸法
憲法第28条が「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。」として、勤労者に労働基本権を認めていることとの関係から、団体行動権をはじめとした労働基本権を制限している公務員関係諸法の合憲性が長く裁判で争われてきた。
公務員の労働基本権に関する最高裁判所の判例はその時代背景とともに揺らぎを見せるが、昭和48年4月25日最高裁判所大法廷判決〈全農林警職法事件〉において関係諸法の一律合憲論に至り、司法上は一応の決着をみたかたちとなっている。
むしろ公務員は、全国民の人権保障の確保のために、公務の公共性が強く要請され、それゆえに公務員は労働基本権が制限を受けるのである。
ちなみに、一般の地方公務員については、労働三権(団結権、団体交渉権、争議権)のうち、後二者が大幅に制限されている。そこで、その代償措置として各地方公共団体には人事委員会(または公平委員会)が設置され、中立公正な立場で職員の給与その他勤務条件を調査研究し、その改善を地方公共団体の長や議会に勧告する権限が付与されている。(地公法8条1項2号、3号)。
7 公務員が雇用保険に加入しない根拠となる法令
雇用保険法第6条4.国、都道府県、市町村その他これらに準ずるものの事業に雇用される者のうち、離職した場合に、他の法令、条例、規則等に基づいて支給を受けるべき諸給与の内容が、求職者給付及び就職促進給付の内容を超えると認められる者であつて、厚生労働省令で定めるもの、との規定があることによる。
8 解雇権濫用の法理
労働法上、一定の期間あるいは一定の理由による解雇が禁止され、また一定の解雇手続が要求されているが、解雇一般についての包括的な法規制は行なわれていない。
したがって、民法上の原則によれば、使用者は期間の定めのない場合には「いつでも解約の申入れをすることができ」、期間の定めのある場合には、「やむを得ない事由があるとき」に解約できる〔民法627・628〕。
しかし、戦後、権利濫用の法理を適用して使用者の解雇権行使を制約する判例法理が形成され、解雇権の行使は「客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、権利の濫用として無効になる」(最判昭和50年4月25日民集29・4・456〈日本食塩製造事件〉)とする解雇権濫用の法理が確立された。
解雇の法的効力の有無は、当該事実関係いかんに係ることになるが、この法理によって民法上の使用者の解雇の自由は実質的に大幅に制約されており、労働者の解雇保護が図られている。[6]
9 まとめ
今日の日本の公務員は、法律上は、「勤務実績がよくない場合」(国家公務員法第78条)あるいは、「勤務実績が良くない場合」(地方公務員法第28条)には、免職される。
しかし、実際に上記の理由によっては公務員は、免職されないという事実がある。
筆者は公務員といえども、上記の法律を適用し免職したほうが、公共の福祉を増進する場合があるものと考える。
そのためには、公務員の人権伸張の観点から、公務員を雇用保険に加入させることが先決されるべき問題であろう。
国公法第78条と地公法第28条で、「勤務実績が良(よ)くない場合」との記述があるが、「良」という漢字を地公法は使用し、国公法はひらがなを使用している。その相違に意味はないものと筆者は考えるが、それとも、なんらかの理由が存しているのであろうか。そこを疑問に思った。
【字句説明】
*1再任用短時間職員
再任用職員であって、週に32時間勤務する職員のことをいう。
*2公僕
この「公僕」を、『新明解国語辞典』(三省堂、第6版)で引くと下記の文言となる。「〔権力を行使するのではなく〕国民に奉仕する者としての公務員の称。〔ただし実情は、理想とは程遠い〕」
*3休職
停職も休職と同様職員としての身分を保有させたまま職務に従事させない処分であるが、職員の義務違反に対して責任を問う懲戒処分の一種である点が異なる。
*4免職
免職には、法律または人事院規則に定める事由により一方的に行なわれる分限処分と、懲戒事由に基づいて行なわれる懲戒免職のほか、公務員自身の辞職に基づく依願免職がある。ただし、人事院規則によれば、公務員自身の辞意による退職を辞職とし、職員をその意に反して退職させることを免職としている(人規8−12)。
【参考図書】
[1] 朝日新聞2007年12月22日朝刊「けいざいノート」
[2] 雄川一郎・塩野宏・園部逸夫編『現代行政法大系』第9巻 田中舘照橘「公務員法総説」pp.4〜6(昭59年、有斐閣)
[3] 室井力『公務員の権利と法』p.266(昭53年、勁草書房)
[4] 雄川一郎・塩野宏・園部逸夫編『現代行政法大系』第9巻 村井龍彦「公務員の分限・懲戒」pp.215〜216(昭59年、有斐閣)
[5] 佐藤英善『概説・論点・図表 地方公務員法』p.67(平成2年、敬文堂)
[6] 原田尚彦〈新版〉『地方自治の法としくみ』改訂版(平成17年、学陽書房)
[7]『法律学小辞典』[第3版](平成11年、有斐閣)