【箇所】早稲田大学大学院 法学研究科 民事法学専攻
【科目】年金制度と法【開講学期】2009年度 前期[2単位]
【担当】高橋 直人〈全国健康保険協会理事〉
【リポート題目】『地方議会の議員年金についての一考察』
構成
1、国会議員の歳費と普通地方公共団体の議会の議員の報酬における違い
2、国会議員の年金と地方議会議員の年金
3、「高年齢者就業実態調査」による実証分析
4、まとめ
1、国会議員の歳費と普通地方公共団体の議会の議員の報酬における違い
国会議員の議員活動の対価としての報酬は、次のとおり、法律に記されている。
日本国憲法49条 両議院の議員は、法律の定めるところにより、国庫から相当額の歳費を受ける。
国会法35条 議員は、一般職の国家公務員の最高の給与額(地域手当等の手当を除く。)より少なくない歳費を受ける。
国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律1条 各議院の議長は二百十八万二千円を、副議長は百五十九万三千円を、議員は百三十万千円を、それぞれ歳費月額として受ける。
上記3つの法にあるとおり、国会議員は、法律によって、その報酬は、歳費として、「一般職の国家公務員の最高の給与額より少なくない歳費を受ける」者である。これにより、国会議員の歳費は、一般職の公務員とその金額の多寡を比較した場合、さほど懸隔のない歳費を受けていることがわかる。
なお、一般職の国家公務員は、国家公務員法によって以下のように規定される者である。
国家公務員法101条 職員は、法律又は命令の定める場合を除いては、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、政府がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。職員は、法律又は命令の定める場合を除いては、官職を兼ねてはならない。職員は、官職を兼ねる場合においても、それに対して給与を受けてはならない。
同法103条 職員は、商業、工業又は金融業その他営利を目的とする私企業(以下営利企業という。)を営むことを目的とする会社その他の団体の役員、顧問若しくは評議員の職を兼ね、又は自ら営利企業を営んではならない。
地方公務員も、地方公務員法によって同様の規定がなされている。
すると、一般職の公務員は国家公務員であると地方公務員であるとを問わず、「なすべき責を有する職務にのみ従事」する者であることがわかる。
したがって、国会議員は一般職の国家公務員とさほど懸隔のない金額の歳費を受ける者であるのだから、一般職の国家公務員とおなじように、「なすべき責を有する職務にのみ従事」する者と考えても差し支えないであろう。
では、普通地方公共団体の議会の議員(以下、「地方議会議員」という。)における報酬は、法律ではどのように規定されているのであろうか。
地方公務員法3条 地方公務員(地方公共団体及び特定地方独立行政法人(地方独立行政法人法(平成15年法律第118号)第2条第2項に規定する特定地方独立行政法人をいう。以下同じ。)のすべての公務員をいう。以下同じ。)の職は、一般職と特別職とに分ける。
《改正》平15法119
2 一般職は、特別職に属する職以外の一切の職とする。
3 特別職は、次に掲げる職とする。
1.就任について公選又は地方公共団体の議会の選挙、議決若しくは同意によることを必要とする職
上記にあるように、地方議会議員は、特別職の公務員であることがわかる。
では、地方議会議員の報酬を規定するその職務とは、いったいどのようなものなのであろうか。
従来から、地方議会議員の職務の性格に関して、「名誉職」か「有給職」かが議論されてきた。その際、名誉職とは、「有給職に対する概念で、生活を保障するための報酬を受けないで、国・地方公共団体等の公の機関の職位にあるもの」1)と考えて差し支えあるまい。
諸外国をみると、イギリス、フランスなどの国では、基本的に地方議会議員は無報酬である。それに対し、アメリカ合衆国では、基礎自治体の議会の議員の多くは無報酬であるが、ニューヨーク市などの大都市の議会の議員は、相応の報酬を受け取っているようである。2)
日本の場合でも、明治時代の府県制、市制・町村制のもとでは、地方議会議員は「名誉職」と明記されていた。3)
しかし、無給が原則である一方で、特例が設けられており、生業収入が妨げられることへの弁償や職務上必要な出費への弁償が支給されていた。4)
こうした地方における制度が、戦後、日本国憲法の施行に伴い、地方自治法がつくられ、その下に一本化された。
しかし、このとき、地方議会議員における職務の性格は、従前のように明記されることはなかったのである。現行法上、公務員については、名誉職制度は一般に認められていないことから、現在の地方議会議員の職務は、すでにふれたように、「非常勤の特別職公務員」という位置付けであると解釈されているに過ぎないのである。
その地方自治法をみると、つぎのように記されている。
203条1項 普通地方公共団体は、その議会の議員に対し、議員報酬を支給しなければならない。
204条1項 普通地方公共団体は、普通地方公共団体の長及びその補助機関たる常勤の職員、委員会の常勤の委員、常勤の監査委員、議会の事務局長又は書記長、書記その他の常勤の職員、委員会の事務局長若しくは書記長、委員の事務局長又は委員会若しくは委員の事務を補助する書記その他の常勤の職員その他普通地方公共団体の常勤の職員並びに短時間勤務職員に対し、給料及び旅費を支給しなければならない。
上記のように、議員には、「議員報酬」を支給しなければならず、常勤の職員並びに短時間勤務職員に対し、「給料」を支給しなければならないのである。ここで、報酬とはなにかが問題視される。「報酬とは、本条では、議会の議員が行う勤務に対する反対給付である。役務の対価である点で(2項にある)「費用の弁償」と区別され、生活給ではない点で、常勤職員への「給料」とは区別される。」(成田頼明他編集・藤原淳一郎執筆『注釈地方自治法』〈全訂〉第一法規出版、2000年6月、3725の2頁)とある。
このように、「非常勤の特別職公務員」である地方議会議員には、「給料」ではなく、「報酬」が支払われ、それは、生活給ではないのである。
これが、国会議員における生活給たる歳費と、地方議会議員における、名誉職との解釈がいまでも可能な議員報酬との違いである。
2、国会議員の年金と地方議会議員の年金
国会議員の議員年金に関する法律は、国会議員互助年金法である。
なお、同法は、国会法の規定によって制定されたものである。それは、下記の条項である。
国会法36条 議員は、別に定めるところにより、退職金を受けることができる。
しかし、国会議員年金が厚遇ではないかという批判を受け、2006年2月3日に「国会議員互助年金法を廃止する法律」が国会で可決され成立し、4月1日に国会議員互助年金法は廃止された。
これにより、国会議員年金の掛け金の徴収は停止になったものの、すでに支払った掛け金に関しては、減額をして年金を支給することを「国会議員互助年金法を廃止する法律」に盛り込んでいるため、国会議員の議員年金が完全に廃止されるのはしばらく先のことである。また、国会法36条における、「退職金」を年金として受けることとなっている国会議員互助年金法が廃止されたため、退職金と年金の区分を曖昧にしているこの法令に関しても見直しが必要であろうと考えられる。
国会議員に比して、地方議会議員には退職金は支給されない。
地方議会議員の年金に関しては、地方公務員共済組合法第11章において、地方議会の議員が対象となる議員年金が定められている。
近年、市議会議員年金・町村議会議員年金の運営が破綻寸前であるとして、公費のさらなる投入や廃止も含め、その制度の見直しが議論されている。それに関して、渡部記安(立正大学)教授は、「世界的にも類例がない特権的な制度は直ちに廃止すべきである」5)との立場である。
大森彌(東京大学)名誉教授も、「廃止も含めてこの際、徹底的に議論すべきだ。72年3月まで公費負担なしで掛け金だけでまなかっていた。延命のための公費上乗せは住民の理解を得られないのではないか」6)という意見である。
このように、地方議会議員の年金の運営が今日、差し迫った状況に至った主因は、「平成の大合併」により、1999年には3,232あった市町村が、2009年(8月8日)には1,775となったことが挙げられる。
つまり、市町村の合併により、市町村数が減少し、それに伴い、地方議会議員の数が激減したことが、地方議会議員年金の運営の悪化をもたらしたのである。それは、町村議員の場合、さらに深刻の度を増している。
その証左として、地方議会議員でも、都道府県議会議員の年金の運営では、破綻の恐れはいまのところ報告されていない。それは、都道府県の場合は、「平成の大合併」においては、その影響を受けなかったからである。
3、「高年齢者就業実態調査」による実証分析
本節では、議員が、辞職ないしは立候補しないことにより、その議席を失うことにともない、議員としての報酬を受け取らなくなることと、議員辞職後支給される年金との関係について、考えを進めてみたい。
ただし、それを直接扱った論文を筆者は知りえていないため、それに類したもので、代替させていただく。
日本労働研究機構発行(1997年)の、調査研究報告書No.98『年金制度の改革が就業・引退行動に及ぼす影響に関する研究』?7)と、同研究機構発行(2002年)の、調査研究報告書No.145『年金制度の改革が就業・引退行動に及ぼす影響に関する研究』?8) において、年金と就業率を考察した箇所にその分析を委ねると、つぎにあるような指摘を見出すこととなった。
「受給年金を就業行動の説明に用いた場合には年金の引退促進効果が過大に評価されていたと考えられる。」9)また、「厚生年金額が月額22万を超えるようなケースでは、年金額が上昇するに従い就業率がむしろ上昇するような部分が観察された。」10) 以上2点の指摘により、「年金の引退促進効果」は過大に評価されていたことが、実証として証明されている。
つぎに、年金の種別に見た場合、厚生年金、国民年金、共済年金における相違を、同書においてつぎのように考察している。「年金額と就業率の相関関係は年金制度によって大きくことなる。厚生年金では年金額と就業率には明確な負の相関関係が認められるが、国民年金や共済年金ではこのような関係は認められない。」 11) 議員年金は、上記の3種に区分された年金のうちでは、報酬比例部分がある厚生年金、共済年金との類似性が指摘できるが、片や厚生年金の年金額と就業率には明確な負の相関関係が認められるものの、同様の共済年金と就業率にはそのような関係は認められないとの指摘がなされているので、この項においては、議員年金と就業率との相関関係は不明である。
つぎに同書は、就業者は、就業意欲をなにに求めるのか、という課題に対する分析を行っている。分析に用いた調査は、労働省(当時)が実施した、高年齢者就業実態調査のうち、個人票部分である。それは、昭和53年、昭和58年、昭和63年、および平成4年の4調査を分析対象とし、同一もしくはほぼ等しい質問項目を合わせて共通の変数とした。
それによると、「男性就業者における結果をみると、全体では各出生年ともに転職や職種の変更などを含め今後も就業を継続したいとする意向は90%以上であることが示されている。これは、現在就業している者にあっては仕事を辞めたいとする者の割合がきわめて低いということであり、就業者においては就業意欲を規定する要因はまず第一に仕事をすること、それ自体にあるということが言えるように思われる。」12)との指摘がある。
就業者と就業意欲に関する研究によれば、「就業者が就業継続意向を示す割合はきわめて高く、この傾向が出生年間の比較においても、年齢間の比較においても一貫してみられたことから、働いている高年齢者間における今後も継続して働きたいという意向はかなり強いものと推測される」。 13)
「一方、就業意欲との間に相対的に強い関係を示しているのは、健康状態である。健康状態と就業意欲との間には有意な負の関連が示されている。すなわち、健康に働けるうちは収入のいかんにかかわらず、ずっと仕事を続けたいという意識が強いものと読み取ることができる。
Bromley(1974)14) によれば、高齢期(60歳〜)は引退の過程であり、引退を予期して職務や権限を委譲したり活動の主流から外れようとする期間であるとされている。
その背景にあるものは心身機能の低下である。本研究で扱った健康状態指標(主観的健康状態)は回答者の実際の身体的状態としばしば対応する指標であることが知られている。(略)高年齢者の就労を積極的に支援するか否かについては意見の分かれるところであろうが、高年齢者の職業は社会参加の場として、また彼らにとっての自己実現の場として貴重な機会であることは充分考えられることである」15) との指摘もある。
以上の指摘により、就業者が就業継続意向を示す割合がきわめて高いことが実証的に証明され、それを阻害する要因としては、健康状態を挙げることができるという指摘であった。
逆にいえば、健康状態が良好なうちは、高齢者でも強い就業意欲があることが実証的に明らかにされた。
以上の考察と、さきにのべた、「年金の引退促進効果」は過大に評価されていたことが、実証として証明されていることをあわせて考えると、就業者は、年金の有無ではなく、健康状態によってその就業意欲がつよく影響を受ける傾向にあることが指摘できるであろう。
これを、本稿であつかっている議員に照らした場合においても、同様のことが指摘できるのではないだろうか。
つまり、議員の引退促進効果として、議員年金を制度化したところで、当該議員の健康状態が良好であるならば、それは過大に評価されることになるであろう、ということである。
ただ、高齢者の場合、就業意欲が認められなくなるほど高齢化した場合、年齢が引退要因になることは避けられないようである。16) もうひとつ、指摘しておかなければならないものとして、「定年制での離職の方が次の仕事を得るまでの期間は短いことが」17)実証的に証明されていることである。つぎに、「このことは、年金支給開始年齢の引き上げに伴う部分的・選択的な勤務延長や再雇用の普及は、それらの制度が適用されずに外部労働市場に参加する高齢者が“lemon”であるというシグナルとして利用される可能性を示唆している。
このようなシグナリングが一般化した場合、ミクロ的には雇用促進的であることを意図する諸制度がマクロ的にはむしろ高年齢者の就業を抑制する効果を持つ可能性があることには注意が必要であろう」18) と指摘している。
4、まとめ
1、において明らかにしたのは、「非常勤の特別職公務員」である地方議会議員には、「給料」ではなく、「報酬」が支払われることであり、これは、国会議員における生活給たる歳費と、地方議会議員における、名誉職による報酬との解釈がいまでも可能なことによる違いである。
2、において明らかにしたのは、1、にあるとおり、報酬と歳費ということなる思想にもとづいて、地方議会議員と国会議員は、その議会活動への対価が支払われるが、それを積み立てることによって、年金として、議員引退後、議員年金は給付されるのである。
ただ、国会議員互助年金法は廃止され、地方議会議員の場合、いまや、「平成の大合併」のあおりを受けて、とくに町村議会議員年金が運用上厳しい状態にあることを指摘した。
3、においては、直接、議員年金と議員の引退行動との相関関係について調査した結果がないため、それに類似した調査結果をもとに検討した。その結果、就業者が就業継続意向を示す割合がきわめて高いことが実証的に証明されたのである。本稿であつかっている議員に照らした場合においても、同様のことが指摘できるのではないだろうか。
つまり、議員の引退促進効果として、議員年金を制度化したところで、当該議員の健康状態が良好であるならば、それは過大に評価されることになるであろう、ということである。むしろ、そのような制度があることにより、制度が適用されずに外部労働市場に参加する高齢者が“lemon”であるというシグナルとして利用される可能性を示唆している。
このようなシグナリングが一般化した場合、ミクロ的には雇用促進的であることを意図する諸制度がマクロ的にはむしろ高年齢者の就業を抑制する効果を持つ可能性があることには注意が必要であるため、筆者は、地方議会議員における年金も、国会議員とおなじように、廃止すべきであるとの結論に至ったのである。
以下に、注の部分
1) 丸山高満監修『地方自治事典新版』良書普及会, 1986年, 613頁
2) 加藤眞吾「地方議会議員の待遇」『レファレンス』2006年7月号
3) 「府県制」(明治23年法律第35号) 第5条、「市制・町村制」(明治21年法
律第1号) 第16条など。
4) 府県制第55条、市制・町村制第75条など。
5) 朝日新聞09年3月6日[朝]
6) 朝日新聞09年1月27日[朝]
7) 同書は、−「高年齢者就業実態調査」による実証分析−との副題がつけら
れており、その主査は、高山憲之(一橋大学)教授であり、注記引用論文の執筆者は、8,9,10,11は、小川浩(神奈川大学)准教授であり、12,13,15は、音山若穂(日本労働研究機構臨時研究助手)である。
8)同書は、−「就業構造基本調査」による実証分析−との副題がつけられて
おり、その主査は、高山憲之(一橋大学)教授であり、注記引用論文の執筆者は、小川浩(神奈川大学)准教授である。
9) −「高年齢者就業実態調査」による実証分析−24頁
10)−「高年齢者就業実態調査」による実証分析−24頁
11) −「高年齢者就業実態調査」による実証分析−34頁
12) −「高年齢者就業実態調査」による実証分析−162頁
13) −「高年齢者就業実態調査」による実証分析−169頁
14)Bromley,D.B.1974 The psychology of human aging. New York:Penguin
Books.
15) −「高年齢者就業実態調査」による実証分析−170頁
16) −「就業構造基本調査」による実証分析−107頁
17) −「就業構造基本調査」による実証分析−92頁
18) −「就業構造基本調査」による実証分析−92頁