2007年度【研究計画書】早稲田大学大学院 社会科学研究科 修士課程推薦入学試験出願用。字数2,000字以内。
なお、2008年度に作成した修士論文は、当計画書とは異なり、「『公務員の身分保障』に関する一考察」−「分限処分」について−」へと変更した。
「無防備地区条例は平和的生存権を機能させる条例となるか否定されるべきかについての研究」−“法令の先占理論”を媒介として
1、研究テーマを上記案件に設定した背景
私は、立教大学経済学部に在学した当時、同大学法学部の新藤宗幸(その後、千葉大学名誉)教授が担当された、「行政学」と「地方自治」を他学部聴講した。
その際「地方自治」で使用した教科書が、『地方分権』(岩波書店)であった。同書によって初めて、“法令の先占理論”を、知るところとなった。
それによれば、憲法第94条は、広範な条例制定権を地方公共団体に付与したものの、地方自治法第14条によって、条例制定においては、極めて厳格な解釈が地方自治法制定当初より採用されてきた、とのことである。
つまり、法律のみならず委任立法である政令の規定が存在する領域においては、法令上に委任規定がない限り、地方公共団体は条例を制定できないとの解釈である。
しかも法令の機能領域とは、法令によって明示された領域のみならず、黙示的にも当然機能していると考えられる領域も含むとされたのである。
こうした理論解釈が、“法令の先占理論”と呼ばれ、この解釈が公法学の主流であるがゆえに官庁実務を支配し、地方公共団体の条例制定権を縛っている現状がある。
2、平和環境において21世紀の日本が置かれた新たな状況
20世紀において頻発した国家間の戦争と同種の戦争に、現今の日本が巻き込まれる事態を俄に想定することは困難ではあるが、その可能性を絶無と看做し、安閑裡に日常生活を営むこともまた、甚だ残念ながら、不可能である。
21世紀劈頭の年の9月11日に米国で起きた同時多発テロがその有力なる一例であるが、国家とは別種の組織による日本への襲撃は、ある程度の蓋然性をもって予想される。
換言すれば、21世紀に入り、日本の市民に、他国民による攻撃が及ぶことは、むしろ可能性としては増大されたと認識するほうが、実情により相応しいのである。
まして、「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律」「周辺事態に際して我が国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」が施行されている現状においては、市民が戦争に巻き込まれる事態を想定していた方が、より現実的な対応といえる。
これに対し、国際人道法のジュネーブ条約に基づき、戦争協力を拒む「無防備地区」を宣言し、市内に戦闘員や移動可能な兵器が存在しないように努める、「平和都市条例」を制定しようという動きがある。
それは、この条例こそが、究極の人権である生命の維持、存続に資する、との概念に基づくからである。
3、無防備地区の沿革
無防備地区とは、ジュネーブ条約追加第1議定書第59条に基づき、特定の都市、地域を無防備地域であると宣言することに由来する地区である。
第59条を要約すると、「紛争相手国の占領を無抵抗で受け容れることを宣言することができる。宣言され、かつその条件が守られている地域を攻撃してはならない」となる。
その際、禁止しているのは物理的な攻撃のみであり、占領および紛争相手国による統治は禁じられていないことには注意が必要である。
つまり、この宣言は「紛争相手国の占領を無抵抗で受け入れる」ことを宣言するものであり、事実上の(都市・地域単位での)降伏宣言である。
当然のこととはいえ、紛争相手国がいない戦時状態にないときは、宣言することはできない。
4、無防備地区条例は審議されても可決例なし
2006年4月22日に千葉県市川市において、条例制定請求に必要とされる、有権者の50分の1を上回る12、550筆の署名が、市川市選挙管理委員会に提出された。これにより、市川市議会定例会において、「無防備条例」が、審議されることとなった。
しかし、いくつかの地方公共団体(例、兵庫県西宮市)で直接請求が行われ、各議会で審議されたものの、すべての議会においてこの条例案は否決されており、可決された例は過去にない。
5、研究計画
「無防備地区条例」こそ、戦争等の災禍から生命を守るために有用な条例である、という意見があるのを承知した上で、私は、この条例は、“法令の先占理論”から、果たして、成立させることが可能なのか、それとも不可能なのか、それを攻究すべく、本研究科を受験した次第である。
攻究によってなによりも先ず明らかにさせたいのは、この「無防備地区宣言」は、多くの地方公共団体が現在実施している、いわゆる「平和都市宣言」以上の意味は持ち得るのか、ということである。
つまり無防備地区を宣言した結果、それを宣言した地方公共団体の市民はその有効性を享受することができるのか、という根本的な問題がそこには包摂されている。
そもそも、地方自治法第1条の2、あるいは、第14条を閲する限りにおいては、無防備地区を条例化することが可能である、との言説の有効性に疑問を持たざるを得ないが、それを本研究科において明らかにさせたい。
参考文献
新藤 宗幸『地方分権』(岩波書店、1998年)