著者の佐和隆光は、計量経済学、環境経済学を専門としている〈京都大学〉名誉教授であり、日本で最も著名な経済学者の一人です。それが証拠に本書も江湖に広く迎えられ、2000年10月に刊行された後、版を重ねてすでに現在9刷を数えています。
1979年、イギリスに誕生したサッチャー政権は、81年に発足したアメリカのレーガン政権と相呼応しつつ、積極果敢な市場主義改革を断行しました。わが国に目をやると87年から90年にかけてのバブル経済期、日本人の精神面での劣化=拝金主義が進み、私利私欲の追求にうつつを抜かすやからが、わが物顔で巷を横行闊歩するようになりました。
89年のベルリンの壁崩壊、91年のソビエト連邦解体は、社会主義への幻滅を駄目押ししたのみならず、グローバルな市場経済化へ向けての怒涛の大波の堰を切りました。こうして80年代から90年代前半にかけて、市場主義という復古思想は、日本を、そして世界をすみずみまで浸しきったのです。
この市場主義に対して著者は、「終焉」を宣します。その理由は本書で縷々述べられますが、要は20世紀末から21世紀初頭にかけて起きた様々な「変化」に対して、市場主義改革だけでは「適応」しきれないと説くのです。
市場主義社会を超える革新的な社会経済システムが、したがって市場主義をこえる革新的な社会思想が、いま再び求められているのです。ケインズ経済学がそのまま復権するわけでも無論ありません。イギリスのブレア首相のいう「第3の道」―一言に要約すれば、市場主義と反市場主義を止揚(良いところどり)する体制 ―がそれに近いという。
今世紀に入り今後、世界を、そして何よりも日本を震撼させる、予想もしない「変化」が次々と起こることでしょう。そうした「変化」への「適応」こそが、新しい社会経済システムを生む源泉となるはずです。にもかかわらず、日本のエコノミストの多くは、時代文脈のダイナミックな「変化」を読み解くことを怠り、かつては日本型制度・慣行の優位をとなえ、いまではその劣位をあげつらい、市場主義改革の必要性を唱えることのかまびすしいことといったらありません。
そこで、佐和は断言する。市場改革の積み重ねにより、この国の構造をアメリカ型に作り変えてみても、21世紀初頭の時代文脈にふさわしくはない、と。なすべきことは、時代文脈の「変化」を先取りして、「変化」への「適応」を首尾よく成し遂げることにより、21世紀初頭の時代文脈に適合する、革新的な社会経済システムを創造することなのです。
では、20世紀末期にいたり不振にあえいでしまった日本経済を、どう改革すればよいのでしょうか。この難問に対するエコノミストの答えは多くの場合、「日本型システムのアメリカ化」と「市場主義改革の断行」のふたつに要約されます。
市場主義改革は、「必要」ではあるが「十分」ではありません。では、「必要」にして「十分」な改革とはなんなのかについての私見を、佐和は本書で提示する。
以上の記述で本書に御興味を持たれた方は、是非じかにあたることをお奨めします。ラーメン一杯の値段で購入できるのですから、決して損はしないと思います。それには及ばないという方は図書館にいらっしゃい。どこの図書館にも必ず備えてあります。
ちなみに本書は、ぼくにも実に多くの示唆を与えたので、HPのプロフィールで「感銘を受けた書」の一冊として提示させていただいています。