東海林さだおを知ったのは、ぼくが高校生の頃ですから、もう30年近くも前のことになります。以来ずっと、東海林さだおのファンであり続けています。特にそのエッセイには、魔力に魅入られるがごとくに、取り付かれているといってもいいでしょう。眼に触れる限りのエッセイは、その間ずっと読み続けています。そんな読者が数多くいるからこそ、文春文庫だけで東海林さだおの本が、2000年に累計500万部突破という偉業を成し遂げることができたのです。書いてしまうと、500万部、たったこれだけの文字ですが、一冊の文庫本の厚さが1センチメートルとして、それを積み重ねると、なんと50キロメートルもの厚さになるのですよ。50キロといえば、町田から都心までの距離に匹敵するのですから、これを偉業と言わずして、なにを偉業と言えば好いのでしょうか。
その東海林さだおが、東洋経済新報社から本を出したのです。新聞で出版広告を見たとき、ぼくははじめ誤植かと思ったのでした。「エッ、東洋経済新報社から、東海林さだおが本を出した?ホンマ、かいな」それを確かめるために、ぼくはその広告を切り抜いて、本屋に行くときにはいつも使う愛車「風雲号」(ママチャリ)を駆動させて、えっちらおっちら、らん丈御用達の本屋、三省堂書店町田店へと駆けつけたのでした。
とはいっても、その本がどこにあるか見当がつかなかったので、レジにその広告記事を見せてたずねると、経済書のコーナーにあるというご返事。
「そうかそうか。やっぱり誤植ではなかったのか」(あたりまえ)と、レジとは眼と鼻の先にある経済書のコーナーに行くと、ありました、ありました。ちゃんと、それも平積みとなって、白地にオレンジの装丁をほどこした本書が、鎮座ましまして、いたのです。
定価1260円(消費税込み)なので、500円3枚の図書券を使って支払いを済ませ、また、えっちらおっちら愛車「風雲号」で帰途へとついた、らん丈でした。
本来であれば、帰宅後すぐにでも読みたかったのですが、年末の忙しさにかまけて、やっと先週読み終えることができたのでした。
本書の帯に、“祝36年連続黒字=丈夫で長持ち、仕事も人生も充実させるヒントが満載”となっており、サブタイトルに“ショージ君のイキイキ快適仕事術”とある通り、この本は、東海林さだおを「さだお商事」のオーナーに見立て、その創業から人生の終焉に至るまでを、インタビューに答える形で本にまとめたものです。
また本書は、12月22日の朝日新聞読書欄にも採り上げられ、そこで書評の筆者は、ネタ絵がギュウギュウ詰まったノートが、たまりに溜まって600冊にも達し、最期は自殺を望み、それを実行に移す前夜の、最後の晩餐を語る東海林さだおの「終末の美学」に驚いています。
東海林さだおの風貌を見るにつけて、この人は老けるのを忘れてしまったのではないかと思わせるほどに、いつも若々しい。昭和12年生まれですから、ことし66歳になるとはいっても、老いを微塵も感じさせることがありません。66歳といえば、立派な定年年齢ですよ。にもかかわらず、あの童顔です。それが証拠に、本文の153ページにあるように、「気持ち悪いくらい、若いですね」と言われるのでしょう。
その東海林さだおにして、自殺願望を抱いているとは、ぼくも本書を読んで、大いに驚いたのでした。本書でそれを、“そのうち、「どこそこの誰々さん、死は自殺を選んだんだってよ」「そお、良かったわね」なんていう日が来るかもしれない”と語っているのです。
それがいくら「明るい自殺」であろうと自殺願望を持っているのには、驚かされました。
ただここで、落語家らしい意見を言わせていただくならば、人様に楽しんでいただく商売を生業としているものは、意外と自殺率が高いということです。
小説家はいうに言うに及ばず、われわれ落語家もそうです。たとえば、一昨年の桂三木助兄、平成11年の桂枝雀師など、枚挙に暇がありません。
お二人が自殺した理由は、もちろんぼくにはよく分かりませんが、晩年の、体調をこわした志ん朝師匠もおっしゃっていたように、「人様を喜ばす商売をしているものにとって、体調が悪いというのは、本当にきつい」のです。
ですから、前述の「驚き」というのは、東海林さだおにしても、やはり自殺願望があったのかという驚きなのです。
ただ、だからといって本書が暗い色調を帯びているかといわれれば、それは見事にありません。そこが、東海林さだおの本らしい、その所以なのです。
何しろ、“言うまでもなく娯楽作品です。読んで楽しくなければはじまりません。エンタテインメントであることを常に心がけているわけです。ですから、楽しくおもしろいことが最も基本となります。(略)深刻な世の中のときこそ、人々は明るさを求めます。ですから、なるべくノー天気な漫画を描くのです。そうすれば、読むほうも楽しめるし、救われます。”と、本書でも言っている東海林さだおに、インタビューした本なのですから、その著者による本がつまらないわけがないのです。
先ずは、手にとってじかにこの本を本屋さんで立ち読みされることをお奨めします。そこで、面白そうだなと思えば、1260円はお安い買い物ですよ。
面白くて、ためになる、とどこかで聞いたような台詞を、本書を読み終わったあとで、あなたは口にすることになることを、ぼくは自信をもって請け合うのです。