町田市議会議員 会派「自由民主党」/(一社)落語協会 真打 三遊亭らん丈【公式ウェブサイト】

三遊亭 らん丈

はるかぜ vol2. 2007年9月号市政報告『はるかぜ』

2007.09.01(土)

・補完性の原理
・ジェラルド・カーティス教授特別講演会

補完性の原理

 私は今年(2007年)度、早稲田大学大学院社会科学研究科に入学し、政策科学論専攻で、「現代人権論」の研究室にて、法的側面と政治的側面の両面から市民社会のあり方を考究しております。
 他研究科聴講制度を利用し、早稲田大学大学院公共経営研究科の「地方分権論」を受講したところ、「補完性の原理」という概念が、じつにしばしば議論の俎上に載りました。
 「補完性の原理」とは、御存じの方もいらっしゃるでしょうが念のためにご紹介しますと、「キリスト教社会倫理に由来する考え方で、政策決定は、それにより影響を受ける市民、コミュニティにより近いレベルで行われるべきだという原則」です。
 簡単に言えば、「問題はより身近なところで解決されなければならない」とする考え方です。
 憲法とともに、地方自治の法的根拠を担う地方自治法によれば、“市町村は基礎的な地方公共団体”と位置づけられ、“都道府県は、市町村を包括する広域の地方公共団体”として規定されています。
 基礎的な自治体である小さな市町村では解決できない仕事だけを都道府県に、都道府県にできない仕事だけを国へと、より大きな組織に委ねる仕組みが、この「補完性の原理」です。
 これは、地方分権においては、必要欠くべからざる概念です。
 地方分権とはいうまでもなく、国(中央政府)が抱えていた行政業務を、地方公共団体(政府)に分権するということなのですから。
 ここで改めて、政府ということばについて考えてみましょう。
 政府とは、英語のgovernmentの訳語です。
 governmentとは、governの名詞形であり、governとは“治める”という意味です。
 governを研究社の「新英和中辞典」(第3版)で引くと、少し詳しい説明があり、そこでは、“社会の秩序の維持や公共の福祉のために権力を行使して国民を統制し国政を指導する。”との記述があります。
 その語源は、gub。「船の舵を取る」という意味です。
 つまり、その“構成団体の舵取りをする”、それが、governということばの原義です。
 したがいまして、米国におけるgovernorとは、知事を指します。
 翻って日本の憲法で地方自治に関する記述を探しますと、明治22年に発布された大日本帝国憲法のどこを探しても、地方自治という文言は見あたりません。
 当時の日本は、欧米列強に対抗するために、中央集権をもって殖産興業を図っていた時代背景がありましたから、地方自治という概念を排除していたのです。
 江戸時代の日本は、近代国家以前の封建制であったからこそともいえますが、その実質は、ほぼ完全なる地方自治による治世を基本としていたのにもかかわらず、です。
 この地方自治が、日本の憲法に初めて登場するのは、日本国憲法を待たなければなりません。
 日本国憲法が施行されたのは、昭和22年5月3日ですが、同年に施行されたのが、上述の地方自治法です。
 こうして、それまでの中央集権体制から、地方分権へと目が向けられ、地方自治が政治課題に取り上げられるようになったのです。
 ですから、戦後間もない日本は、まさに地方自治の嵐が吹き荒れたといってもよいでしょう。
 たとえば、警察組織を例にとれば、今日のそれは都道府県単位に設置されていますが、昭和23年から29年までは、旧警察法のもとで、警察機構を国家地方警察と自治体警察の二本立てとしていました。
 自治体警察では、市及び人口5,000人以上の市街的町村は、「その区域内において警察を維持し、法律及び秩序の執行の責に任ずる」こととされ、市町村長の所轄の下に置かれた市町村公安委員会に警察を運営管理及び行政管理させていたのです。
 また、自治体警察は、国家地方警察の運営管理及び行政管理に服さないものとされました。
 教育委員会も創設された当初は、現在のそれとは大きく異なっていました。
 1948年(昭和23年)に設置された教育委員会制度は、教育行政の地方分権、民主化、自主性の確保の理念、とりわけ、教育の特質にかんがみた教育行政の安定性、中立性の確保という考えのもとに、教育委員会法によって創設されました。
 当初の教育委員会は、地方自治体の長から独立した公選制・合議制の行政委員会で、予算・条例の原案送付権、小中学校教職員の人事権まで持ち合わせていたのです。
 教育委員は、上記のように公職選挙によって選ばれておりましたが、教育委員会法は、昭和31年をもって命脈を絶たれ、任命制が導入されました。
 このように、明治維新が、黒船によって尊王攘夷が澎湃として沸き起こったことによる第1の開国とするならば、それに次ぐ第2の開国は、終戦後、GHQによってもたらされたといっていいでしょう。
 そして、第3の開国は、今まさに進行中といったところでしょうか。
 世界を席捲しているグローバリゼーションの渦中に、日本も完全に巻き込まれたのです。
 この流れをうけて、小稿のタイトルともなっている「補完性の原理」が、日本にも導入されようとしているのです。
 たとえば、戦後日本は傾斜生産方式を機能させることで、経済復興を企図したように、終戦直後の地方分権から、中央集権へと転換、復活させることで、高度経済成長を果たしました。
 ところが、バブル経済が崩壊した後、それへの反省から、霞が関中央官僚への信頼が失墜し、また、上述の米国発のグローバリゼーションの奔流に日本が巻き込まれたことにより、日本に三度目ともいえる、地方分権がもたらされたのです。
 また右肩上がりの経済成長が過去のものとなり、税収には国内で著しい偏差が生じ、その結果、国土の均衡ある発展が果たされなくなりつつあります。
 たとえば、住民税を較べた場合、47都道府県中最高額は、東京都で、一人当たり、都と市区町村の合計が平均で17万3千円なのに較べて、最少額の沖縄県では、一人当たり、県と市町村の合計で4万5千2百円といったように、4倍近くの開きが生じています。
 あるいは、一般病院を例にとれば、居住が可能な土地100平方㎞に占める割合で、最も多い東京都は43.6施設ですが、最も少ない山形県は2.0施設です。
 これでは、この決して広くない日本でも、中央集権による一括管理行政に無理が生じてしまうのも当然のことです。
 この流れを促進させたのが、2000年4月1日に施行された、地方分権一括法です。
 この日を境に、機関委任事務が廃止され、地方公共団体は、自治事務と法定受託事務のみを行う機関へと、劇的に変化したのです。
 つまり、地方公共団体は、国の下請け機関の位置づけから、お互い対等に協力する機関へと、上下関係から水平関係になったのです。
 そこで持ち込まれたのが、「補完性の原理」です。
 それだけに、これからの地方自治は、自己責任が厳しく問われるのです。
 そのひとつの例が、北海道の夕張市です。
 夕張市は、石炭の町として発展しましたが、石炭から石油へとエネルギーが転換され、それに伴い、採掘の山が閉山すると、大規模開発によって再建を図ろうとしました。それが、ことごとく失敗し、遂には、財政再建団体に陥ってしまったのです。
 議会がそのチェック機能を果たしていかないと、このようにこれからも財政再建団体が生まれるでしょうが、それでも、国や都道府県はそれに対して、過保護とも思えるような施策はとろうとはしなくなるでしょう。
 それも、「補完性の原理」なのです。


ジェラルド・カーティス教授特別講演会

 さる7月23日、早大大学院公共経営研究科客員教授のジェラルド・カーティス(米国コロンビア大学)教授をお招きして、「日米関係と日本政治」と題する特別講演会が、早大西早稲田キャンパスで開かれ、らん丈はそれに参加しました。
 その日から6日後に行われる第21回参議院議員選挙では、自民党は負けることになるでしょう(結果はご存じの通り、自民党の歴史的大敗でした)が、その理由は何だと思いますか、とカーティス教授は、聴衆に尋ねました。
 すると意外なことに、マスコミがあれほど話題にする年金問題を挙げる方はおいでではなく、官僚が支配する自民党政治の弊害や、閣僚による度重なる不適切発言を挙げる方がいらっしゃいました。
 それらにいちいち教授は反論しながら、自民党が負ける要因として、自民党の安倍総裁と小泉前総裁の違いを挙げ、小泉さんには、政治的なinstinct(勘)が備わっていたが、安倍さんにはそれが決定的に欠けていると指摘していました。
 たとえば、久間前防衛相、松岡元農水相、赤城前農水相らの失言や事務所経費の不適切な説明問題を挙げ、このような閣僚を小泉さんならば即座に罷免していただろうが、安倍さんは逆に最初に庇ったことを挙げ、安倍さんには政治的なinstinctが決定的に欠如していると述べていました。
 たしかに、憲法第68条には、内閣総理大臣が国務大臣の任命と罷免をすることができる、と記されています。
 小泉さんは、田中真紀子さんの応援もあって3度目の総裁選挙で初めて当選を果たすことができ、首相になってからは、田中真紀子を外相として遇しましたが、外相が問題を起こすとすぐさま罷免しました。
 それによって小泉さんは、輿論の支持を一時的には失ったものの、閣僚は首相を支える存在であるという本質を独特の勘で把握していたと、カーティス教授は小泉さんを称揚していました。
 また、カーティス教授は、最近の日本の政治家は、グランドデザインを語らない、と指摘していたことが、とりわけ印象に残りました。
 グランドデザインを、念のために『大辞林』(第三版)で引きますと、“大規模な事業などの、全体にわたる壮大な計画・構想。”と記されています。
 なるほど、たとえば池田勇人首相は「所得倍増」を、田中角栄首相は「日本列島改造」を、中曽根康弘首相は「戦後政治の総決算」を、小泉純一郎首相は「自民党をぶっ壊す」と「郵政民営化」を掲げました。
 いずれも、向日性の高いスローガンです。
 それに較べて「美しい国へ」には、カーティス教授が指摘するように、ポジティブな向日性はあまり感じられません。
 というよりも、上記の先例にくらべると、その具体像が見えにくいスローガンです。
 先ほどふれた、カーティス教授がいうグランドデザインとは、これからの日本をこうして住みやすくする、ということです。
 そのグランドデザインを政治家の口から聞く機会が近頃あまりない、とカーティス教授は指摘するのです。
 政治家は、スペシャリストではなく、ジェネラリストなので、もっと大所高所からの発言が望ましいというのです。
 今の政治家は、官僚それも、部長ではなく、せいぜい課長程度の専門的な話しかしないから、カーティス教授は政治家の話がつまらない、というのです。
 もうひとつ、印象に残ったのは、日本も米国も三権分立ですが、その立法を担う国会議員についてです。
 よく日本のマスコミは、米国の国会議員は法律を作るが、日本の議員はあまり議員立法をしない、と指摘するが、米国の政治家も実は法律は作らないと指摘していました。
 では、だれが法律を作るのか。それは、政策アドバイザーが担う、というのです。
 米国では、下院議員1人当たり18人の政策アドバイザーがいるが、日本の国会議員には政策秘書が1人しかいない、これでは議員立法などそうそうできるものではない、と指摘されていまして、なるほどと思い、ここに記した次第です。
 カーティス教授が指摘するように、この『はるかぜ』は、なるべくならばグランドデザインを積極的に語る場としたいものです。