平成31年第1回定例会 3月22日
町田市議会本会議における一般質問において壇上よりおこなった部分 三遊亭らん丈
皆様こんにちは。自由民主党会派の一員として引き続きまして質問を、させていただきます。
2016年に発行されました、専修大学経済学部の永江雅和教授による『小田急沿線の近現代史』(クロスカルチャー出版)という本を読んでおりましたら、現在の小田急電鉄株式会社は当初、東京高速鉄道という名称で、大正8年、西暦でいいますと1919年ですから、丁度今から100年前に、新宿-日比谷-大塚間の地下鉄建設を計画していたのだそうです。
この計画は、内務省の許可を得られず、頓挫してしまったのですが、その後、この東京高速鉄道は、地下鉄延長の名目で新宿-小田原間の敷設免許を取得して、大正12年には小田原急行鉄道株式会社を設立し、工事を開始することになります。
途中関東大震災で工事が中断しながらも、全線82キロメートルをなんと、約1年半の突貫工事の末、昭和2年4月1日に営業を開始します(前掲書19頁)。
いくら時代が違うとはいえ、わずか1年半の工期で開通ですから、まさに突貫工事だったのでしょう。
この開通によって、町田町の町民にとっては、東京都心へのアクセスは飛躍的に向上し、当時、新原町田-新宿間は片道54分、58銭だったそうです。
新原町田駅は、当初、横浜線の原町田駅と交差させる構想があったようですが、原町田駅周辺はすでに町田の中心街として人家が密集していたため、原町田駅から北西に400メートル離れた森野に新原町田駅を建設したという経緯がございます。
この駅間距離が、乗り換えの乗客には不便をもたらしましたが、それまで農家が数戸散在する程度の森野や駅周辺にとっては功を奏し、急速に市街地化が進み、商店街が形成され、結果として、町田の中心街を拡大させる効果があったということもできます。
ちなみに当時の町田町の人口は、開通する前の大正4年には4,890人でした。開通後の昭和3年には8,374人へと倍増に近い発展をみせます。
その人口が今や、町田駅周辺の原町田、中町、森野、旭町、高ヶ坂、金森を合わせると、74,417人ですから、これは、もう目を瞠るばかりの発展ぶりです。
その町田の中心市街地に今、なにも問題はないのかと申しますと、そんなことはないのであります。
中心市街地の商店主にうかがうと、どうも、最近来街者が減っているというのです。
心配の種がいくつもあるというのです。
まず、2027年開業予定のリニア中央新幹線の開通が挙げられます。そうすれば、橋本駅方面に客足がとられてしまうというのです。
次に、小田急沿線では、町田駅以外のたとえば、近年では海老名駅等に小田急が資本を大量に投下して開発していることがあります。
3点目として、横浜市が、市営地下鉄ブルーライン(高速鉄道3号線)を、終点のあざみ野駅(同市青葉区)から小田急線新百合ケ丘駅(川崎市麻生区)まで延伸する方針を固めたことが分かったことです。延伸区間の横浜と川崎市内に四つの駅を新設するそうです。これが実現すれば、両市の北西部から新幹線が停車するJR新横浜駅へのアクセス機能が向上し、沿線の活性化につながりそうだというのですが、横浜線町田駅を経由する新百合ケ丘-新横浜間の乗り換えが不要になり、これによって市内来街者の減少につながることが予測されます。
このように、町田の中心市街地の相対的ポテンシャルの低下が近年みられるのです。
それだけに、町田市に対しての期待も大いなるものがあります。
様々なご要望があり、そのひとつに、町田に温浴施設があるといいという声があるのを付け加えさせていただきます。
2016年に策定された「町田市中心市街地まちづくり計画」では、「新たな賑わいと交流の創出」を謳っており、町田を「“夢”かなうまちへ」としているのです。
どうぞ、「夢」を叶えていただきたいのです。
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