町田市議会議員 会派「自由民主党」/(一社)落語協会 真打 三遊亭らん丈【公式ウェブサイト】

三遊亭 らん丈

「民族芸能」vol.69らん丈の、我ら落語家群像

2000.12.01(金)

 我々が初めての仕事場へ行くとき、必ず持っていくものが、着物です。何をあたりまえのことを云い出すのかと、いぶか訝しんでいらっしゃることでしょう。けれど、今回触れたいのはその着物ではなく、着物を容れるカバンについてなのです。じゃあ初めからそう書けよ。御尤も、御尤も。
 そのカバンは、まさしく人それぞれです。

 着物一式を入れるわけですから、あまり小ぶりなものでは、用を成しません。かといって大き過ぎるものは持ち運びに不便なので、それも嫌われます。よって、中庸をもって最上とされます。ただしその大きさのカバンは何も、落語家だけが使うわけではないので、よく間違われることになるのです。ある前座君がバッグを背負って浅草の六区を歩いていると、「君ぃ、いい体してるじゃないか。どうだい?その体をわが国の国防のために役立ててみては」と、自衛隊に勧誘されたそうですが、なるほど家出少年と間違われるのも、無理はありません。ぼくにしても前座時分、不忍池のほとりでベンチに座ってブツブツ稽古をしていると、警官が不審を覚えたのでしょう、補導されかかったことがあります。確かに前座になりたての頃は、余分な金なぞあるはずはなく、カバンも最低価格のもので間に合わせるので、そんな誤解を招くのです。

 そこへいくと同じ芸人でも売れっ子は違います。自分では、カバンを持ちません。弟子や付き人が持つからです。そのカバンも、一目で「高い」と分かるカバンを持っています。たとえば桂三枝師匠はルイヴィトンのスーツケースを愛用しています。三枝師匠はひとつスーツケースに留まらず、身の回り品全てと言ってもいいぐらい、ヴィトンで固めています。ヴィトンの櫛入れを見たときには、感激したものです。そこへいくと東京の噺家でそこまで凝っているものはいません。せいぜいが、三遊亭圓歌師匠のガーメントバッグぐらいでしょうか。

 この稿の冒頭に書いたように、我々は初めての仕事場にはカバンを持っていきますが、 寄席の場合は初日に楽屋に預けます。奥のカバン置き場で前座が管理してくれるからです。

 前座は各師匠が楽屋入りすると、そこから該当するカバンを持ち出すのですが、成りたてのうちは、これが一苦労なのです。カバンは不思議とその師匠を彷彿とさせるので、慣れればなんてことはないのですが、慣れないうちは、カバンを開けて中の着物から類推します。大抵は見覚えのある着物が現れて、一件落着となるのですが、それでも分からないときは紋を見ます。一門によって紋が違いますのでそこから類推できるからです。紋を見ても分からないときは、最後の手段です。肌襦袢の匂いを嗅いで、そこから犯人(おいおい)を割り出します。そこで困るのが体臭のない師匠ですが、前座って大変でしょ。