アメリカを代表する文豪、ヘミングウェイに、「何を見ても何かを思いだす」という短篇小説があります。ぼくはまだ読んではいないので、どんな内容なのかは知りませんが、ちょうど今のぼくの心境が、このタイトルの通りになっています。と云うのも、先月、生まれ育った町田市に、二十年ぶりに戻ったからです。
そう、二十年振りに再び、町田で暮らすことになったのです。つまり、学校を卒業し、師匠の許へ弟子入りしたその年の秋に足立区に引っ越して以来、都内を転々と移り住みましたが、この度、二十年振りに、故郷の町田に戻って感じたのが、冒頭に記した「何を見ても何かを思いだす」という感懐だったのです。
御多分に漏れず、町田もこの二十年で大層な変わりようです。けれど、いくら変わったとはいえ、一切合切変わったわけではありません。たとえば、駅から家に帰るまでの道すがら、町田に生まれ、幼年期から青年に至る最も多感な時期を過ごしたからこそ見つけられる思い出を、そこかしこで見つけることができるのです。そうだ、この街角で初恋の彼女とすれ違って、小さな胸をときめかせたのだ。あるいは、こっちの道では、いじめっ子に通せんぼうをくって往生したんだ。ここは、夏休みになると、毎日のように”缶蹴り”に興じた場所だ。といった具合に、文字通り「何を見ても何かを思いだす」のです。
ただ、町田というと、都内から行く場合、新宿から小田急線の急行に乗れば四十分で着くのですから、考えようによっては、目を東に転じれば、例えば北千住に行くのとさほど時間的には違いがないのですが、多摩川を越えるとそこは神奈川県という先入観念をお持ちの方が多くいらっしゃるせいか、あまりに遠いというイメージが先行しているようです。もちろん、町田市は東京都の一角であり、地下鉄の千代田線と小田急は相互運転もしているため、都心に出るのに、さほど不便は感じてはおりません。ですから、寄席の代演も喜んで行くのです。町田に越しても、今までと大きな違いがあるわけではないのです。ただ一つの違いは、来年二月に行われる町田市議会議員選挙に、ぼくが無所属で立候補することぐらいでしょうか。これには皆さん、驚かれたことでしょう。何しろ、落語家は落とすのが商売なのですから。それが、どうして選挙に立候補しようというのかと。それは、二年半前にさかのぼります。ぼくが交通事故に遭い、右脚を骨折し、松葉杖で歩いたときに、中で最も歩きにくかったのが、生まれ故郷の町田だったのでした。それから、政治と経済と福祉の勉強をする必要を感じ再び大学に編入学し、しょうがいを持つ者でも住みやすい街作りをするために、町田を変えるべく、来年の選挙に立候補することにしたのです。