元来ぼくは、人様の男女関係にはごく疎いほうです。なのに、われわれ落語家は口から先に生まれてきたような者ばかりですから、その噂の広まるのが早いことといったらありません。えっ、そんなことも知らなかったの、と軽蔑のまなざしとともに云われたことが、過去に何度あったことでしょうか。へぇ、そうだったの、ちっとも知らなかった、と疎外感に囚われてばかりいたものです。まして、落語家ならば誰もが知っている噂を、ぼくだけ蚊帳の外と云うことが一度ならずありましたから、大抵のことには驚かなくなりましたが、今回の婚約には驚きましたね。その婚約とは、みなさんもすでによくご存知の、柳家花緑さんと林家きく姫さんのお二人に依るものです。
二人が恋仲にあることはもちろん、親しい間柄にあったことすら知らなかったのですから、今月四日の朝刊でお二人の婚約を知った時には、まさに青天の霹靂を、実感する思いでした。
そもそも、芸人同士の夫婦は数多いるものの、お互いが落語家の夫婦は、戦後に限れば例がないのではないでしょうか。近い例として、春雨や雷蔵師匠夫妻を挙げることが出来ますが、ご夫人は桂文治師匠のお弟子さんではありましたが、結婚を機に落語家を廃業しているはずですから、落語家同士とは云えますまい。いったいに、今や女性の落語家は、東西ともに伸張の一途にあり、さほど珍しい存在ではなくなりましたが、ぼくが二十年前に弟子入りした時分は、東京では柳家小三治師匠のお弟子さんにひとりいらっしゃるのみでした。その後、その方はすぐにお辞めになり、今の三遊亭歌る多さんの入門まで、女流落語家は東京に限れば途絶しておりました。つまり、落語家同士で結婚しようにも、男は掃いて捨てるほどいても、その相手となる女性が存在しない状態が延々と続いていたのですから、落語家同士のカップルが出来なかったのも、無理からぬことなのです。
そこに、落語界のサラブレッド花緑さんと、今秋真打に昇進したばかりの新進気鋭、きく姫さんとの婚約ですから、その取り合わせに驚くとともに、よく考えれば打って付けとの感も抱いたのです。
これは、結婚もしていないお二人には早すぎる話ではありますが、お二人が結婚した後、お生まれになるお子さんは、それこそ落語界きっての名門の血が流れる、稀にみる貴種ですね。曾祖父に落語界初の人間国宝を持ち、大叔父に柳家三語楼師匠、そして父母ともに真打なんですから、これに優る血は考えられません。皇太子と雅子妃の間に生まれた愛子さまのご誕生騒ぎをみても、日本人の少なくない人々は、貴種をこよなく愛しているようですから、子も親を継いで落語家となった暁には、江湖の人気を攫うことでしょう。