町田市議会議員 会派「自由民主党」/(一社)落語協会 真打 三遊亭らん丈【公式ウェブサイト】

三遊亭 らん丈

落語歳時記6 「秋は旅行ではなく”旅”」らん丈の、落語歳時記

2000.09.01(金)

 広く知られているように水商売にとっての鬼門はニッパチと言って、2月と8月です。我々落語家もご多分に漏れず特に8月は夏枯れのせいか、本当に暇です。ところがお盆もあり、日本全国夏休みモードに入っているものですから、どこに行っても人だらけ。空いているのは、寄席ぐらい、と言うのでは洒落にもなりません。

 そこへいくと秋は好いですね。どういうわけか1年で最も忙しいのが、この秋なのです。これはぼくに限ったことではなく、落語家はみなそう言っています。「気候が好いから、落語でも聴こうか」と下らないことを言いながら、落語会を開いて下さるせいかと思っておりますが、本当はどうなのでしょう。真相を訊こうにも、奇行癖のある人ではうまくないだろうし、貴公子然とした方も分からないでしょうね。さて、このパラグラフで一体いくつ”きこう”が使われたでしょう。なんぞと馬鹿なことはどうでも好いのですが、秋と言えば、天高く馬肥ゆる秋、食欲の秋、読書の秋、行楽の秋、スポーツの秋、八代亜紀、水沢アキ、泉アキと色んな「あき」がありますが、飽きがこないのは、やはり行楽の秋ではないでしょうか。何しろ、暑くなく寒くなく1年で最も過ごしやすいのですから、どこかに行きたくなるのも無理はありません。

 今や行楽と言えば海外に行くのがごく普通のご時世となり、むしろ国内旅行の方がリッチなのだそうで、往事を知る者にとっては隔世の感がありますが、我が身を顧みれば、お蔭様で仕事柄日本全国隈無くとは言えないまでも、高知・大分・長崎の3県を除いて44都道府県に足を踏み入れました。ただ残念なのが、近頃の交通事情です。あまりに便利になったために、昼の仕事ならば北海道や九州でも日帰りとなり、折角行ったのにもったいないったらない。なかなか行けない場所であれば尚更、地元の温泉にでも浸かって、夜は地酒で一杯といきたいのが、人情というものです。それなのに、嗚呼それなのに、朝一番の飛行機で羽田を発ち、空港から主催者の車で会場まで護送され、楽屋に入れば、豚カツとエビフライとキムチという得体の知れない弁当を無理矢理腹に詰め込み、仕事を終えると、あたふたと最終便で羽田に戻る旅程。風情も何もあったもんじゃありません。

 先輩に伺うと、昔はのんびりとしたものだったそうです。今でも我々は、地方公演に行くことを「旅に行く」と言いますが、まさ正しく旅行ではなくて”旅”と呼ぶにに相応しい情緒が楽しめたそうです。先日久方ぶりにその旅に相応しい北陸4県縦断の仕事がありました。近来にない素敵な旅でしたが、金沢の街角でひとり信号待ちをしているときのことでした。よりによって金沢駅への道順を教えて欲しいと言うのです。金沢は初めてだったので、その旨を話すと「そんなことはないでしょう。あなたの顔は石川県人そのものだ」と言われた。そう言われても、両親ともに群馬県人で東京生まれの東京育ちの当方としては、どう対処していいものやら。そういえば東京にいるときは実に頻繁に、東京以外でもしょっちゅう道を訊かれますし、台湾や香港に行ったときにも道を訊かれたのを思い出しました。さすがにイタリアやロシアに行ったときには訊かれませんでしたが。こうなると、我がルーツは一体どこにあったのかと、両親を問いつめたくもなります。ただどこに行ってもぼくが東京出身だとは、誰も信じてくれないのが、情けないやら悔しいやら。《告知:11月22日(水)勤労感謝の日の前夜、池袋演芸場にてらん丈出演『趣味の演芸』問い合せTEL03−5608-0802