読者の皆さん、明けましておめでとうございます。明けて迎える新世紀、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
尤も落語家にとっては、21世紀になろうと、取り敢えず何の変化もありません。元日は何はともあれ師匠のお宅に参上して、新年のご挨拶を申し上げます。師匠が存命の落語家ならばこれは絶対のことで、余程のことがない限り例外はありません。衣装はもちろん黒紋付羽織袴の第一種礼装です。そうして一門相集って師匠から御屠蘇をいただくのです。その際、二ツ目以上の者は師匠と名入りの手拭いを交換するのが習わしです。つまり、オリジナルの手拭いがないことには噺家は、お正月を迎えられないのです。これが結構馬鹿にならない年末の出費となります。
そこへいくと前座は好いですよ。師匠と二ツ目以上の兄弟子からお年玉を頂くことができるのですから。つまり二ツ目以上の噺家たるもの、一門であるか否かを問わず、お正月に前座とお囃子のおっしょ師匠さんから「おめでとうございます」と言われたら最後、お年玉を渡さない限り、その場を立ち去ることはできないのです。
この掟を破ろうものなら、その噺家は”しみったれ”とのありがたくないレッテルを生涯貼られることになってしまうのです。はっきり言って、落語界のお年玉は世間の常識からは著しく低い額に設定されていますから、一人や二人に渡すぐらいならば、やぶさ吝かではありません。けれど敵は、40人近くいるのですから、たまりません。そりゃ、貰うほうは好いですよ。なにしろ落語協会の真打だけで100人以上いるうえに、二ツ目や色物の先生方を加えれば、200人は優に超える数になりますから、たとえ一人からもらう額が僅かでも全部併せれば、結構な大金を手にすることができるのです。
そこで前座諸君はどうするか。人間持ちつけない大金を持つと善からぬ考えが浮かぶのは、洋の東西と時代を問わないのは周知の事実です。ぼくも身に覚えがあるのですが、初席といって元日から10日までの10日間のうちの、そう、6日か7日あたりに寄席がは撥ねたあと、示し合わせて吉原なりどこぞへと繰り込むものです。
それはぼくが前座になって、たしか4度目の正月のことでした。その年は居酒屋で待ち合わせをした後、一同池袋の某石鹸国へと、なだれ込んだのでした。
待合室で皆鼻息荒く、期待に胸を膨らませているその時、その場所へと、ある先輩がご入来になりました。その先輩の姿が見えるや否や、中学校の英語で習ったas soon asを正しく実行したわけです。一同声を揃えてこう言いました「兄さん、おめでとうございます」。
可哀想なのは、まさか前座がいるとは思わずに入ってきたその兄弟子です。一瞬ギョッとして、この世で最も会いたくない人に会っ、てしまったといった顔をして、「そうか君達は目出度いだろうね。うん、わかった。裸で悪いけどお年玉を差し上げよう」と言いつつ、みんなにお年玉を配り始めたのです。頂いた者は丁重に「兄さん、ありがとうございます」と礼を言って、額に押し戴く者、すぐに財布に入れる者、それぞれですが、前座の喜びをかみ締めているのは皆一緒です。すべての前座にお年玉を渡し終えると、持ち合わせが尽きたのでしょう。すごすごと廻り右をして、夜の雑踏へと消えていったのでした。T兄さんあの時は、ありがとうございました。
「らん丈の落語会出演『趣味の演芸』最終回」2月26日(月)池袋演芸場午後6時半開演:お問合せTEL03-3833-8563